少年シニア 55歳から味わう国語

50半ばから人生を味わうために国語力アップを目指す記録・顛末

少年文庫№3 小さな男の子の旅 (ケストナー)

小さな男の子の旅―ケストナー短編 (ショート・ストーリーズ)   著者 Eケストナー 訳者 榊直子 1996年1月 小峰書店

        

 ケストナーというと「飛ぶ教室」や「エーミールと探偵たち」が有名ですが、こちらの短編は、まだケストナーが児童作家としての地位を確立する前の作品です。ケストナーは「甘ったるいだけの児童向けの小説は書かない」という考えの持ち主ですが、本書に掲載された二編も、厳しい現実をベースとした中で、必死に逞しく生きる子供の生命力を描いています。

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 表題の「小さな男の子の旅」は、主人公のフリッツが遠く腫瘍の手術のため入院しているお母さんに会いやってくるという話です。病院から治療費の請求がきて本来は地元の郵便局から支払うところを、そのお金をもったままお母さんのことが心配で汽車に乗ってやってきてしまいます。もちろんお父さんには内緒です。でも無邪気なところのあるフリッツはこの旅を楽しむかのように、この旅の目的を経緯を駅長さんや病院行きのバスの乗客たちに話します。事情を知った大人たちは何かれと温かくフリッツの世話をして、無事病院にたどりつくことができました。

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 しかし、お母さんの病状は、フリッツの思っていた以上に悪かったようです。眠っているお母さんの顔は黒ずんで光っています。こめかみは落ち窪み青白い額にはむらさきの血管がいくすじも出ています。母に会う前の無邪気さんはすっかり消え、フリッツは待合室で泣き崩れます。それを見守る担当の医者と看護婦。母親の死を暗示するような文章もあり、結末は示されないまま、ここでこの話は終わります。

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 ケストナーの作品には、子ども受けを狙って、正しい子供、意地悪な大人というような単純な設定は決してしません。また、主人公は必死に厳しい現実に立ち向かおうとしますし、周りの大人たちもそんな子供たちをサポートします。でもだからと言ってハッピーエンドで終わるとは限りません。厳しい現実をあるがままに、子どもの視点でたんたんと描いていくのが、ケストナーの作品の特長です。同じく本書に掲載されている「おかあさんが二人」も、母親を亡くした8歳の少女マーレーネの厳しい現実の話です。

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 ケストナーは子どもの時代は決して牧歌的な無邪気な時期ではないと考えています。そして厳しい状況の中で、ストレートにその悲しみを表現することもできない子どもたちが大勢いることをよく知っています。だからこそケストナーは徹底的にこどもの立場にたって筆を進めていきます。この姿勢が、このような小作品であっても、深い感動と余韻を与えています。

以前、本ブログで 自由主義者林語堂の「現実+理想+ユーモア=叡智」という公式を紹介しましたが、ケストナーこそが、この公式にぴたりと当てはまる作家だと思います。ケストナーが生きた時代はナチスが台頭した時代でしたが、この叡智により出版禁止の憂き目にあいながらも粘り強く筆をとり児童作家としての地位を不動のものにしていきます。最後にケストナーがよく言った言葉を紹介します。

「子供の頃のことを忘れるな」