少年シニア 55歳から味わう国語

50半ばから人生を味わうために国語力アップを目指す記録・顛末

名作鑑賞 「人生をいかに生きるか」 林語堂

 

人生をいかに生きるか 上 (講談社学術文庫 446)

 

 

  

【使用教材】人生をいかに生きるか 著者 林語堂 訳者 阪本勝 

    1979年11月刊講談社

 

  本書が最初に日本で発刊されたときは「生活の発見」というタイトルだったそうです。個人的にはそちらの方が好きですね。林語堂(リン・ユータン)は、1895年中国生まれの自由主義者であり、軽妙な語りで人生の意義をとくエッセイストです。本書を読んだ印象では「人生をいかに生きるか」と正面きって語ることは恐らくしない人だったように思います。書き出しの部分でも、本書は思想と人生に関する著者自身の体験を披露した主観的な証言であり、また永久的な真理を樹立しようとするものでもない。そして客観的真理よりも、ものの見方考え方が大切なものだと考えると記しています。

             👦  👦  👦  👦  👦

 著者は、人類の進歩の機構と、その歴史的編纂をあらわす公式を次のように示しましたが、これがなかなか的を得ていて面白かったですね。

現実ー夢=動物

現実+夢=心痛(世に理想主義というもの)

現実+ユーモア=現実主義(保守主義というもの)

夢ーユーモア=狂信

夢+ユーモア=幻想

現実+夢+ユーモア=叡智

それゆえ、叡智という最高のものの考え方は、夢や理想を現実に根ざす優れたユーモアの感覚をもって和らげる点にあると著者は強調します。また著者は、世界は厳粛なものだといいつつも、哲学の唯一の機能は世間一般の実業家が考えているよりも、もっと気軽に陽気に人生を解することにあるとし、「50歳にもなって、隠退すればできるのに、それもしない実業家は私の眼には哲学者と見えない」と批判、人間がこの気軽な陽気な精神に染まったときこそ、世界は平和で穏当な生活の営める場所となると言い切ります。

                                                     👦  👦  👦  👦  👦

 林語堂は人生は一篇の詩に近いものだとし、この人生のリズムの麗しさを知らないといけないと考えていました。そしてその一方で、類人猿の子孫であることを想起して人間の罪障と限界を知ることも必要であるとも言います。この双方の視点が林語堂の真骨頂ともいえるもので、同じように自然や芸術がもたらす深い精神性を説く一方で、胃袋を満たす歓びこそが最大の快であると言い放ちます。そもそも林語堂にとって、楽しみを物質的なものと精神的なものに区別すること自体、意味がないという立場をとるのです。

                                                       👦  👦  👦  👦  👦

こういう変幻自在な思考の持ち主であったため、機械的に個人を社会の枠にはめこもうとする中国共産党と折り合えるはずもなく、一時は北京大学の教授でしたが、その後は米国に渡り世界的知性人として活躍しました。本書の下巻では、人生の楽しみを「家庭の楽しみ」「生活の楽しみ」「自然の楽しみ」「教養の楽しみ」の四つに分け、各々の領域の具体的なを楽しみ方を披露していきます。

             👨  👦  👦  👦  👦

 こうした悠遊哲学を説く人はめっきり少なくなりました。心の負担を軽くする為のマインドコントロール法や、無欲をベースとする老荘的な考え方を説く本はあっても、林語堂のようにユーモアと格調さを兼ね備えた文章で、読者に人生を楽しむヒントを与えてくれる本は稀有です。だからこそ、忘れられつつある林語堂をもう一度再評価する時期にきているのではないかと思います。